アニミズム周辺紀行5

開放系デザイン、技術ノートI

キルティプールの丘にて我生きむ

受付中

アニミズム紀行1 ~ 4号は全て絶版となりました。勿論、各 10 冊程の保存版は残してあります。これは何かの時の為に仕舞っておきます。その何かの時が、いかなる何かなのかは考えていません。

おかげさまで5号は順調に送り出しています。実は、ドローイングを描き込むのが仲々しんどくて、とても追いつかない状態でしたが、先週末にようやく発注数に届きました。手を変え、描く道具も工夫して、何とか、自分で自分を繰り返しにあきないようにデザインしています。

少し、余裕が生まれたので、GAギャラリーに 20 冊程を置き始めています。四月には GA HOUSES 展もオープンし、わたくし共も21世紀農村研究会の一環で、プロジェクトを出品します。共々、楽しんでいただきたい。

展覧会前でも、代々木近くに寄られたら、あるいは東京に来られる機会があったら、GAショップで是非一冊買っていただきたい。4号迄とは一味も二味もちがいます。

続いて6号の準備に入りました。すでに書きモノは修了して、図版、他のデザイン=実物の設計に手をそめています。

石山修武 三月十五日

OP

アニミズム周辺紀行5は1 - 4の積み重ねの上に建つ架構である。開放系デザイン・技術ノートと題した意を汲んでいただければと思う。  −石山修武

全136ページ。二千五百円送料込み。

全てに石山修武のオリジナルドローイング一点が手描きで描き込まれます。

お申し込み

「アニミズム周辺紀行5」

お申し込みはメール又はFAXで以下にお願いします。

石山修武研究室「アニミズム周辺紀行5 」申し込み FAX :03-3209-8944


一号からお付き合いの皆様

アニミズム紀行1でのデカン高原アジカンタでの石工達が発し、楽器としてのウゴール河の地形、窟院群の集合が増幅させる音の響きの中にある建築のイメージが少しではありますが、展開されようとしています。

二号からお付き合いの皆様

アニミズム紀行2に登場した人物やモノも、当然、より複雑にアッセンブルされようとしています。

三号からお付き合いの皆様

紀行3で断片として出現した鳥は、アニミズム紀行の5号に於いては、主役の一端を占めるモノとして成長させました。モノをつくる人間の、鳥の住み家としてのキッカケをデザインする気持の動きらしきを建築のイメージとして描きました。



乱丁・落丁、その他手違いなどありましたらすぐにお知らせ下さい



OP

「何故、今アニミズムなのか

 アニミズム周辺紀行4」

絶版となりました

OP

「建築がみる夢 『ひろしまハウス』

ひろしま・レッドクメール・備忘録として

 アニミズム周辺紀行3」

絶版となりました
「アニミズム周辺紀行3」は
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OP

絶版書房 第一回配本

「アニミズム周辺紀行1」

絶版となりました


石山修武様

春らしくなって参りましたが、畑の方はいかがでしょうか。

「鳥」の件では色々とお手を煩わせ恐縮です。

創造主と被造物とを峻別し、被造物の中で人間のみを神の対話の相手としての人格的存在と見なしてきたキリスト教は、いのちある全てのもの、さらには木石にすら人格を見ようとするアニミズムとは基本的に相性が良くないかもしれません。さらに、神様は被造物である自然を通してではなく、神の言葉であると信じる聖書を通してのみ知ることができるとする。プロテスタント、特に改革派(カルヴァン派) -- 私たち日本キリスト教会もその流れをくんでいます -- は、感覚的なものに対する警戒感が強いために、いっそうその度合いが大きくなる感があります。

けれどもそれは一方、神様がこの目に見え、手で触ることのできる世界を創造し、イエス・キリストを肉体をもったまことの人としてお遣わしくださったという、神様の救いの全体性を損うことになりかねません。その意味で、アニミズムは、神様がこの世界を造り、愛し、保っておられること、そして人はその世界と他なる被造物と豊かな、良き交わりを持つことができるという約束と希望として受けとめることができるように思います。それは、放っておくとどこまでも理念化し教条化し干涸びかねない「正統=主義=神学」の解毒剤でありうるでしょう。(ユングがスイス改革派教会の牧師の息子であったことは意味のあることではないかと思います)

石山さんの建築に、ドローイングに、版画に、文章に、そして何よりその生き方と在り方とに私が惹かれるのは、そこに何か自分にとって欠けたもの、そして欠けたままにしておいてはならないものを感じているからのように思います。そしてそう感じているのは私一人だけではないはずです。それは、マックス・ウェーバーのテーゼを持ち出すまでもなく、近代資本主義がキリスト教(聖書の伝えるイエス・キリストの福音とはかなり違ったものとなってしまった教条と組織としてのそれ)と骨絡みとなってしまっていて、その極北としてのグローバリズムから今日誰も逃れられなくなってしまっていることによると思われてなりません。

風呂敷が拡がりすぎて畳めなくなってしまいそうですので、またお目にかかれた際にでもお話できればと思います。

「鳥」は急ぎませんので、他のプロジェクトの邪魔にならないようにしていただければと思います。

「6」も期待いたしております。

主にあって平安を祈りつつ。

二〇一〇年三月十七日 日本キリスト教会豊島北教会 芳賀繁浩

※石山への私信ではありますが芳賀牧師の了承を得て掲載させていただきます

石山修武研究室
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